理事長挨拶
私たちNPO「国境なき技師団」(Engineers Without Borders, Japan)のウェブサイトをお訪ねいただきありがとうございます。このNPOは、社団法人土木学会、日本建築学会、そして公的機関や産業界からの強力なご支援とご賛同を得て、また実践的な貢献に関わりたいという多くの技術者のご協力を得て、ようやくその設立に漕ぎ着けました。
その設立の準備が進んでいた2004年から2005年に限っただけでも実に多くの巨大災害が発生いたしました。2004年10月8日には中越地震、同年12月26日のスマトラ沖地震では環インド洋諸国を襲った津波で28万人以上が犠牲になり、2005年にいたると8月から9月にかけてハリケーン カトリーナ、リタが米国ルイジアナ、テキサスに相次いで上陸。そして10月8日にはパキスタン・インドの国境近くの山岳地(北緯34.493°, 東経73.629°)でM7.6の地震が発生しました。
パキスタンの地震による被害の全貌は未だに漠としていますが、2005年11月時点での死者数は73,246人(パキスタン実効支配地側のみ)、実数は10万人を超えると見られています。また、被災者は250万人に達するとの予測もあります。土木学会の先遣調査団として現地に入った私の脳裏には、惨憺たる被害と、その背後に屹立する山々のコントラストが強い印象として残っています。被災地の土煙を通して見える山稜は、それが筆者の生まれ育った静岡にあっても違和感がないほどです。実際パキスタン地震の起こったムザファラバード近くの地形図を、同じ縮尺の赤石山脈の地形図と比べると(図1)、山稜や谷筋が大きく屈曲しているなど地形的特徴が酷似していることに気づかれるでしょう。ともにプレート境界に形成された山岳地帯で、千枚岩や粘板岩に富んでいること、断層沿いに無数の斜面崩壊地が並んでいる状況もそっくりです。
かくして海外の自然災害は決して対岸の火事ではありません。10万人を超えるであろう死者を出したパキスタンの地震から、類似の地形・地質条件の東海地方が得る教訓も大きいはずです。また逆に世界の被害地震の1割強が集中する日本だからこそ、このような被災地の復旧支援に豊富な経験と知恵を伝える役目を担えるものと信じています。
地震被災地の復興に日本政府やNPOが果たしてきた役割には大きいものがあります。国際協力機構(JICA)に加え、コソボ紛争のときの教訓を基にNGO、経済界、政府が対等なパートナーシップの下、三者一体となり、災害時の緊急援助をより効率的かつ迅速におこなうためのシステムがジャパンプラットフォームとして立ち上がっています。これらのラインに向けられた政府の資金拠出は大きく、その成果もまた大きいのですが、一方でドナー別に復旧対応がなされ、土木・建築・災害地質などの科学技術面でそれぞれ支援策が整合性を保って行われる情況ばかりではないようにも感じられます。せっかく私たちが連綿と続けてきた地道で膨大な調査と、復興に向けての提言を、このような活動とリンクさせる努力もまた必要だと考えます。
東海・南海地震が今世紀の遅からぬ段階で確実に発生するであろうと懸念されている中で、われわれの起こるべき災禍への想像力と、これらに備える地道な努力の積み上げが試されている時期です.NPO「国境なき技師団」がこの意味で大きな役割を担っていけるよう、努力していきたいと存じます。皆様のご支援をよろしくお願いいたします。


図1 2005年パキスタン地震の震源域(左)と赤石山脈(右):右図赤線が確認されている活断層
